□■TERRANIGMA>>Chapter2>>Page7■□


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「――……ねえ、大丈夫?」
 俺はその声に目を覚ました。どの位の時間、気を失っていたのだろう。
 飛び起きると、そこは洞窟の中だった。ここまで流されてしまったのか。と、傍に居るのは、カモシカだった。俺には見分けはつかないが、言葉遣いから感じ取るに女性なのか。

「突然雪崩が起こったのよね。あたし達、閉じ込められちゃったみたい」
 彼女は台詞の内容の割に、結構淡々と喋る。
「どうにかして脱出しないとね。息は出来るから何処かに隙間はあるんだろうけど」
 動物達も、感覚は人間に似ているのだろうか。そこまで判っているのだろうか。

 暗闇に目が慣れてくる。確かに周りを岸壁に囲まれている。上から灯りが漏れている…だから息が出来るのか。でもこの壁は攀じ登れそうにないや。それに、俺は鉤爪使って昇れても、カモシカじゃあ昇れない。どこか他に道はないのか…。

 …目が慣れると、視界の隅にもう1頭、カモシカが居るのに気付いた。
 しかし、そのカモシカは…床に横たわったまま、動かなかった。



「…あたしの旦那よ」
 俺の視線に気付いたか、彼女はそう言った。
「さっきまで一緒に雪山を駆け回っていたのに…まあ人生ってそんなもんよね」

 俺には何も言えない。



 ともかく壁の合間に壊せる亀裂でもないかと探し回ってみる。
 がんがん壁を殴ってみるが、全然だ。何処にも壊せる場所はない。…洞窟内が暗くなっていく。上の隙間から差し込む光が翳る。日が暮れつつあるのか。そんなに時間が経ってしまうのか。
 やがて、洞窟内を闇が包む。

「日が暮れちゃったわね」  
 カモシカが口を開く。
「あたしには毛皮があるけど、あなたは寒そうね」
 そう言う問題だろうか。彼女はどうしてこう平然としているのだろうか。…旦那が死んでしまったのに、どうして落ち着いているのだろうか。そしてこのままだったら自分達も危ないと思わないのだろうか。



「そろそろ休んだら?もう夜よ」
 洞窟内が完全な闇に包まれた頃に彼女は言った。
 …そうだね。こんなに暗いんじゃあ、もう何も見えないし。君みたいに安心しているカモシカが一緒に居ると、ちょっとは落ち着いてきた。

「寒いでしょう?あたしと一緒に寝ましょうよ」
 …うん。毛皮持ってるカモシカと寄り添って俺は眠る。

 ………こんなのは…久し振りだ…暖かい………。



 …がしがしと言う音がする。俺はその音に目を覚ました。
 洞窟内は明るくなっている。日は昇ったらしい。
 見ると、カモシカが壁に体当たりをしていた。角を持つ彼女が壁に頭をぶつけている。

「…あら。起こしちゃった?」
 そりゃあもうあんなにでかい音を立てていたら起きるよ。
「悪かったわね」
 彼女はあっさりと言った。



「起きたなら、朝御飯にしましょう」
 そう言って彼女はてくてくと歩く。…朝御飯?喰うもん見付かったのか?そう思っていたら……彼女が手をつけようとしたのは、旦那の肉だった。

「どうしたの?食べないの?」
「だって………あんたの旦那だろ?」
「でもここであたしが食べなきゃ、世界からカモシカがもう1頭消える事になるもの。それは絶対に避けなきゃならない事よ」
「………俺には無理みたいだ。ごめん、食べられない」
「そう。…あなたは独りで生きているのよね。独りで生きていくなら、もっと強くならなきゃ駄目よ」

 …俺には、何も、言えない。



 食事を終えたカモシカが壁の前に戻る。
「この辺の壁、あたしの角なら壊せそうなのよね…」
 そう言って彼女はがしがしと体当たりを繰り返す。 …段々亀裂が入ってる?もしかしていける?

 大きな音を立てて壁が、破れた。
 カモシカが壁の向こうを覗く。
 俺も思わず彼女の後を追った。



「…そ、そんな…」
 初めて彼女が狼狽した声を出した。
 俺も、愕然とした。

 壁の穴の向こうには、更に切り立った崖があった。



 …見上げると、「崖」と言う表現は間違いではない。確かに空は見えた。この崖を昇ってしまえば雪山に復帰出来そうだった。

 昇れば。――昇る事が出来れば。

 良く見ると、切り立った崖ではあるけど、手がかりはある。俺なら鉤爪使って昇れそうな壁だった。

 …俺なら。

 ――カモシカに、こんな壁は、昇れない。



「…あなたなら昇れそうね」
 後ろから、カモシカの冷静な声がした。まるで俺の心を見透かしたかのように。
「あたしの事なら、心配しないで。どうにかやっていけるわ。他に道もあるかもしれないし」

 本当に?本当にそれを――信じて、壁にぶつかっていけるのか?旦那を食い尽くしたら、もう衰弱するしかないんだぞ?

「また何処かで会いましょう。約束よ。少しの間、さようなら」
 彼女はそう言った。嫌が応にも、俺に壁を昇らせようとしている。



 俺は彼女に見送られて、壁を登り始めた。
 もう振り返る余裕はない。振り返っては駄目だと思った。
 気付いたら、俺は泣いていた。



 少しの間、さようなら。
 果たして俺はその言葉を信じる事が出来るだろうか。それは叶うのだろうか。

 クリスタルホルムに遺しているエルの事を思い出した。


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